かつて或る僧曰く、

正月に朝日を拝む人は多いけれど、大晦日の夕日を拝む人は少ない。

毎年大晦日の夕日を眺め、おてんとう様、今年一年ありがとうございました、と感謝する。

そういう事を出来る人は豊かな人生をおくる事が出来るのではないでしょうか。

いよいよ師走で気ぜわしくなってきた。師走の語源には諸説あるそうだが、うち１つは「大晦日や初詣の準備でお寺の師匠が忙しく走りまわっている」に拠るそうで、坊さんの年末といえば文字通り、師走の忙しさである。

うちの寺でも、年末の冬至（今年は12/22）の日に「星祭（ほしまつり）」、そしてお正月の「開運初護摩供」と、２つの大きな行事を控えている。

「星祭」は、星供、星供養などとも呼ばれ、日本では奈良時代・平安時代の頃から続けられてきた、星占いとルーツを共にする密教の法要だ。年に１度この日だけ堂内に＜星供曼荼羅＞を掛け、護摩を焚く。先代住職の頃には夜空に星がまたたく深夜の時間帯に行われていたが、現在は参列の方の為もあって、デイタイムに行われるようになった。

そして年明けの元日には「開運初護摩供」。お正月に初詣の方と一緒になって、早朝５時、昼の２時と２回護摩を焚く。元旦から１週間は等覚院秘仏のお薬師さま（薬師如来）もご開扉となる。

行事というのは「事前８割、当日２割」という。現に等覚院でも実質９月からすでに年末年始の用意を始めていて、この原稿を書いている間にも師僧がうしろから「御札作らなきゃ間に合わないぞ！」と檄を飛ばしてきている。準備は佳境に入って忙しい。
「心を亡くす」と書いて「忙」。まったく心を亡くすとイライラして、感謝も忘れがちになる。見ると「忘」の字も同じ構成ではないか。忙はヨコ、忘はタテだが、この違いはどうか？

「忙」がヨコならば、それはきっと自分の横、隣にいる人、周りにいる人、一緒にいる人、空間を共にする人たちへの心配りを亡くしているのが「忙しい」状況なのか。

「忘」の縦軸からは、先に居た者（過去）への敬意を失い、後に来る者（未来）への引き継ぎを疎かにしているようなイメージが浮かぶ。これは時間的な尺度だ。

忙・忘、つまり「心を亡くす」状況がもし時間的にも空間的にも＜繋がりを絶とうとする＞状況なのだと見れば、それはキケンな兆候だろう。

ここで吉本伊信（1916-1988）という浄土真宗の先生が創始された『内観』を紹介したい。内観法とも内観療法ともいわれ世界に知られる。僕も2011年の震災直後に１週間の宿泊研修を受けた。

この集中内観の方法とは、子供のころ母親（または母親代わりだった人）との関係において、
１）世話になったこと　
２）して返したこと（その人に自分がした行為）
３）迷惑をかけたこと　
の具体的な事実を調べていく。

次に、小学校低学年のころにまた世話になったこと・して返したこと・迷惑をかけたことを調べていく。その次は小学校中学年、高学年、中学高校の頃…というふうに、年代を区切って、徹底的に「具体的な事実」を洗い出していく。そして母が済んだら、次に父、配偶者、子どもなど身近な人に対しての自分を、同様の観点から調べていく。
こうしていくと、隣にいる人、周りにいる人、先輩、後輩…に対して、お世話になった、とか、感謝します、とかが観念でも教訓でも道徳でもなんでもなく、いかに事実、世話になっているか、場面場面で救われているか、具体的な事実とともに突きつけられてくる。

これは苦手なタイプの相手にも有効で、憎たらしいアイツ！に対して感情抜きに、具体的な事実のみでつぶさに調べていくと、結構、アレ？世話になっちゃってる事が現前してくる。憎たらしさばかりを固持していくのがバカらしくなったりもする。

年末が近づくにつれて思い出されるのは、冒頭の一句だ。

大晦日の夕日を眺め、おてんとう様、今年一年ありがとうございました、と感謝する。

この気持ちを手離さないように、中心に置いておきたいと思うのである。