季節のにおいって、毎年その時が来るまで忘れているものらしい。
この時期ふいに湿気を含んだ熱風が吹いたり、草木が強く薫ったりすると、《春過ぎて、夏来にけらし白妙》、あぁそうだこんな感じだった。と身体の細胞もいきいきと光合成するような感じがする。５月ともなるともう日差しは夏間近のようで、木々のつくる影も濃くなってきて、木洩れ日もキラキラまぶしい。

子供のころ、ぼくに初夏のおとずれを告げたのは、府中のくらやみ祭りだった。

ゴールデンウィークはちょうど寺のつつじの季節でにぎやかで、家族で遠出をした記憶はない。しかし花も盛りを過ぎて、参拝客も落ち着いてくると少しゆとりもでき、ある晩になると母親が「お友達は皆遊びに行くのにウチはどこにも連れて行ってあげられないから」と、手をひいて行ってくれたのだった。

今でも覚えているのは、夕闇の中にたむろする法被姿の大人たちの、えもいわれぬ威圧感。夜店のまぶしさ、見世物小屋のおっかなさ。同じ歳くらいの子供たちの嬌声。皆、声がいつもより大きくて、辺りぜんぶが祭りの熱気に包まれていて、その高揚感にくらくらして別世界に迷い込んだような感覚は忘れようもない。

この神社の周域を木々が覆っているのも良くて、夜になると跳梁跋扈、ヒトではないものが暗躍するような気配も残り、つまり現存する人間と神様のバランスが良いのだろう。とばりが降りて篝火を焚くころ、我々は何ともちっぽけな存在なようで、心細くも夜の境内にたむろし、騒ぐのである。

大人になって、まず春を告げてくれるのは代々木公園でのアースデイになり、初夏の実感は５月に毎週末開催される小規模レイヴになっていったが、子供時分の印象というのは鮮烈で、このくらやみ祭りはいつまでも特別なのだ。こう比べて考えてみると、フェスと祭事の違いというと、祈りの有無かもしれない。

テーマ型コミュニティで育まれるフェスの醍醐味は、その趣向、ジャンルや姿勢などに共鳴する仲間が集えることだと思う。一方、地縁型のコミュニティで執り行われる祭事には、全国各地それぞれ表現は違えど、何か通底する〝型〟がある気がする。それは祭りを通してその「土地」にごあいさつできる類のもので、これまた奥が深い。核心にはその土地の神仏がいるからだ。

稲作を基盤としたわれわれは、この時期これから田植えに向かう共同体の一員として、一年の豊作を、土に、水に、火に、風に、お天道様に、祈るのである。

その祈りは、予測がつかないことへの不安、すがり、救いなどさまざまな要素を内包していて、生き死にと直結している。

2010年代のいまでも、そう、私たちの生活は天地の運行とともにある。だからこそ、風雨順時、百穀成熟、万民快楽を願って、ぼくは今年もおまつりに行きたい。

そしてつらいことは放っておいてもやってくるから、フェスの時ばかりは思いっきり楽しみたいし、踊り狂いたい。
フェスも、祭りも。それぞれに助けられているし、素晴らしいものだ。

なるほどこの時期フェスシーズンのはじまりは、空は抜けるように青いし、服装はどんどん軽やかになるし、食事なんて日増しにうまい。

おおらかな気持ちで見回すゆとりさえあれば、豊穣なめぐみはそこかしこにまばゆいようである。せっかくならば移りゆく季節、旬を、満喫しようじゃないか。