暁に雪 [連載:BUDDHY WEDNESDAY]

京都の、朝5時、ラーメン屋である。

その日は前日からずっと風花が舞っていて、視界は雪景色なのに足下には一切積もっていないという、浮世離れした一日だった。夜明け前の一番寒くて冥い時間帯に、人影はまばらで、粉雪の中ぼうっと明るいのは一軒のラーメン屋のみである。

坊さん仲間で夜中語り明かした僕らは、口々に寒い、寒い言いながら、先輩おすすめのこの店の暖簾をくぐった。「ラーメン6つ。」「はいよ。」

credit: Nokton via FindCC
credit: Nokton via FindCC

出汁の香りで店内が暖かい。間もなくすると、大きなどんぶりに白濁したラーメンが運ばれてきた。うぁ見るからに美味そうだ。まずスープを一口、二口、三口…あぁこいつは旨い。芯から冷えた身体に沁みる。みな無心ですする。

ひとここちついた頃、1人の先輩がおもむろに語り出した。

「…今日はホンマに良かったわ。何が良かったてな、○○が死んだって判った事や」

オール明け朝5時のテンションでふざけ合っていたところ、いきなりの話題にギョッとした。同じく後輩も固まって目だけきょろきょろ、先輩方の表情を伺っている。

その先輩には、仲の良い友人がいた。彼と突然連絡が取れなくなったのは4年ほど前。その後も音信は途絶えたままで、ずーっと気掛かりだったという。さっきの店で、お店の人からあらましを聞いたのだという。

credit: Daniel Y. Go via FindCC
credit: Daniel Y. Go via FindCC

「お前らが隣のテーブルで話してる間、俺こっちのテーブルでずっと泣いててんで」

言われれば確かにまぶたの辺りが腫れぼったい様な気がする。けれど先輩の顔をまじまじと見つめた事なんてない。

どうしよう。この目の前にいる御仁にどう声を掛けたらいいのだろう。そもそもこちらの応答を求めているか?黙して待つべきか。もっと話したそうにしているか?話し出したら相づちを打つか、ただ黙って寄り添うか。

前傾姿勢でめまぐるしく思考していると、そんなざわつきをよそに、もう1人の先輩が背もたれに手をかけながら、ポンと言った。

「あぁ。それじゃあ。仕方ないですね。僕らみな死にますからね。」

「せやねん、仕方ないねん。ずーっと気になっててん。あんなに仲良かったのに何で、って。そしたら、死んでたわ。今日それが判って良かった…死んだならしゃーないよなぁ。」

「そうですね。」

胸を突かれる思いがした。未熟な己を恥じた。

その時の僕はといえば、目の前の先輩を見もせず、自分の内面を見ていた。プロセスでいうならば、

①同調したい
②自分のひきだしの中に先輩の悲しみに似たシチュエーションを探る
③一番近そうなそれを引っ張り出してきて、再度そのときの感情に浸り直す
④同調モードセット
→→なんだこれ!あざとくないか自分!媚び過ぎだ。

自分の内側に入り込んでいる間、目の前の先輩には向き合えていないし、そもそもそれは僕の過去だ。「今」の先輩の悲しさをまるごと受け止める姿勢にはほど遠い。なにがダサいって、④のあとに⑤でよもや、先輩を介助にかかろうとしなかったか?

今悲しくないのに。悲しそうなツラ被って、わかったふうな口きいて。この業務が終われば暖かい部屋でぬくぬく眠ろうとするなんて。なんてイマイチなんだ自分…。

s2000_DSC_5019
photo by ウサくま有限会社(京都)

それに比べてもう1人の先輩の毅然とした姿勢はどうだ。「それじゃあ仕方ないですね。」と言えるしなやかな強さ。

確かに僕らは全員、遅かれ早かれ、いずれこの世を去る。けれどこれを言っちゃあ身も蓋もなくないか。まるで人の気持ちを斟酌しない、血も涙もない言葉じゃないか。

それなのにこの先輩から発せられた

「仕方ないですね。」の、抜けの良さ。そのたたずまいの清々しさ。血も涙もないどころか、そうだよなぁ。と身に染みとおるような響きだった。

僕は完全に浅はかだった。修行が足りない。この目の前の2人は坊さんであり、先輩なのだ。日頃から葬送という最前線に立つ猛者なのだ。

「仕方ないですね。」は、常に慟哭の現場に身を置く者の口をついて出た、なまなましい真理だ。ごちゃごちゃ思考した末の慰めとはワケが違う。

そして「せやねん、仕方ないねん。」と続いていく会話。坊さんってすごいな。諦観の上に立つ矜持。先輩は何か考えながらも、丼のそこに残ったスープを美味しそうにすくっている。

店を出ると依然雪が舞っている。路上には積もってはいない。幻のごとく舞うのみだ。表通りへ出てタクシーを捕まえる。後ろから先輩達の笑い声が聞こえてくる。先にタクシーに乗せて、頭を下げる。ありがとうございました。「お前らも気ィつけて帰れよ。」

テールランプが見えなくなるまで見送る。自分たちもタクシーに乗り込み、大きく息をついた。

なんて浮世離れした夜だったんだろう。まだ辺りは冥くて、寒い。夜明けは何時頃なんだろうか。

photo by ウサくま有限会社(京都)
photo by ウサくま有限会社(京都)
ワークショップ開催
4/3(金)-5(日) ミニカウンセリング集中稽古 with 橋本久仁彦さん
https://www.facebook.com/events/1548055158782944

[BUDDHY WEDNESDAY] 連載記事


招き猫ベンガルにまつわる、いくつかのはなし
http://www.earth-garden.jp/goodlife/47952/

大みそかに夕日を拝もう
http://www.earth-garden.jp/goodlife/47435/

坊さんのセックスを笑うな
http://www.earth-garden.jp/goodlife/46764/

ミャンマーに白象をたずねて
http://www.earth-garden.jp/goodlife/45801/

夏の甲子園と戸津説法
http://www.earth-garden.jp/goodlife/45035/

毒矢の喩え
http://www.earth-garden.jp/goodlife/44538/

ブッダの休日
http://www.earth-garden.jp/goodlife/43757/

指輪じゃなくて念珠の交換!? 仏前結婚式のススメ
http://www.earth-garden.jp/goodlife/42988/

目に青葉、山フェスティバル、初祭
http://www.earth-garden.jp/goodlife/42421/

もし村上春樹の彼女が仏教マニアだったら
http://www.earth-garden.jp/goodlife/41842/

暁に雪
http://www.earth-garden.jp/goodlife/41066/

キャンプの夜はブッダの夢を見るか?
http://www.earth-garden.jp/goodlife/39978/

ちょっとポップな仏教の話「BUDDHY WEDNESDAY」 毎月第一水曜日更新 http://www.earth-garden.jp/feature/buddhy_wednesday/