電気、水道、ガス。これらを契約しないオフグリッド生活を九州の山中で営みながら、日本中から引っ張りだこの男がいる。通称、「テンダー」。ある人は彼を知事選の「選挙用心棒」として招き、ある人は「デザイナー」としての彼に仕事を発注する。また、ある人にとって彼は「教師」であり、彼の著書を通じて存在を知った人は「作家」だと思っている−−−−。
−−−−テンダーさんの働き方は、最近話題になっている「複業」といえると思いますが、どうしてこんなに多くの仕事を手がけているのでしょう?
「今振り返れば、手に職はたくさんあるけれど、それはリスク分散や稼ぎのためではありません。なぜなら私の暮らす家は家賃が年間で1万円。電気・水道・ガスを契約していないので、暮らしの維持のためにお金はさほど重要ではないのです。22歳の頃から『世界をより良くしうる技術』を選び、学び続けるうちに、気づけば手に職が増えていました。
この考えに至るきっかけは、20代で体験した3つの旅にあります。ひとつは地球をぐるりと周遊する船への乗船。2つめは日本中の核廃棄物が集まる青森県六ヶ所村への移住。3つめはアメリカの先住民技術の学校への参加でした。
3つの旅を通じて、『個人の意志』と『人が作りあげた社会』と『それを包括する自然』とが、破綻なく共生できる道を模索するようになりました。そのためには、専門家になるだけでは不十分だと思ったのです。ひとつの分野に特化した専門家になることはとても魅力的ですが、専門家になってしまうと、より大きな枠組みにまで想いを馳せづらくなる。オフグリッド、選挙、デザイン、紙とウェブでの文筆、版元業、教育、サバイバル技術。すべての技術は私の中で、ひとつの思想によって貫かれています。
−−−−「個人・社会・自然が破綻なく共生できる道の模索」についてもう少し具体的に教えて下さい。
「世界を周遊する船旅と、青森県六ヶ所村では『メディアの情報を鵜呑みにせず、自分の目で確かめること』『本質を考えること、自分が発信するときは反対される要素を減らすこと』の重要性を学びました。20代は、その学びを確かめるように、個人事業で付けヒゲを売ってみたり、放浪をしてみたり。そんな折、門を叩いた先住民技術の学校で『1万年以上続く思想』に触れたのです。
北米先住民の学校には、ケアテイカーという考え方がありました。ケアテイカーというのは世話役、言うなれば地球の世話役という意味です。人間は地球に巣食う癌ではなく、自然の世話をすることができる。荒野を放っておけば30年かけて森になるところを、人間が手伝えば10年で森になることもある。生態系も、ずっと早くバランスを取ることができる。私にとってはこれが、『何のために人は生きるのか』という問いに対する、ひとつの答えとなりました。だとしたら、それに沿うように生きてみよう、実践しようと思い至り、当時住んでいた横浜から自転車で西へ、野山に泊まりながら、放浪を始めたのです。
ただし、純度の高い思想や姿勢は、『反論・反対』を誘引する、という経験則がありました。だから、それを現代に沿うように多少譲歩しつつ、自分にとってではなく、多くの人にとっての答えたりうるか?という視点も意識しながら、鹿児島での生活をはじめました。
現在私は、鹿児島県の山中の集落で家族と共に暮らしています。電気は屋根に置いた300Wのソーラーパネルから、水は裏山に湧く沢水から得ています。火は諸般の事情でプロパンガスを使うこともありますが、裏山から得られる薪によるロケットストーブでの煮炊きと太陽熱温水器も併用しているので、ガスの消費量はとても少ない。2015年現在、日本の地方では工夫をすれば生活に必要な資源のほとんどを身の周りから得ることができるので、まさしく桁違いに、必要とするお金が少ないのです。
暮らしにかかるコストと、そのための労働時間が減れば、より創造的なことに人生を賭することができるはずです。私の場合、『個人の意志』とそれを支える暮らし自体はあれよあれよと賄えてしまいました。すると、最寄りの生存維持のためのテーマが、個人の暮らしの外側にある『人が作りあげた社会』と、さらにそれの外にある『社会を包括する自然』になるわけです。だから、お金を稼いで暮らしを守るのと同じように、社会と政治に関わっていき、自然を守ることが、自分の仕事になるわけです。
社会と政治に関わり、自然を守らないことには、長い目で見て、個人としての生存ができない。山の中で、電気水道ガスを契約せずに素晴らしい暮らしをされてる方はたくさんいるのですが、社会との関わりにもう一歩乗り出そう、という感覚を持っている方が日本にはまだ少ないように感じます。自分の暮らしを究極的に追及していくよりも、ほどほどのところで充足して、余力をより大きなものへと振り向けていかないことには、ある日、せっかく作った理想の暮らしが木端微塵になる、ということも起こりかねないと私は思うのです。
−−−−もうひとつの活動である「文筆」では、最近著された太陽光発電の本が話題になっていますね。
「この夏に、自身で実践してきた太陽光発電のノウハウをまとめた『わがや電力 12歳からとりかかる太陽光発電の入門書(やわらかめ)』という本を出版しました。一般の太陽光発電では、ごく普通の家庭に流れる交流100Vという規格に合わせたり、売電を目的とするために、初期投資が数百万円単位と大がかりになります。その点、私がお勧めする直流12Vの太陽光発電システムは、初期投資が5万円程度と小さく、システムもシンプルなので小学6年生の理科知識があれば自分で構築することができます。
小6の理科知識でわかることなのに、小6にわかるように書かれた書籍がないことが、今までずっと疑問でした。自分は専門家ではないけれど、ないなら作ってしまおう。そういう経緯で出版した本です。」
「直流12Vのわがや電力で得られる電力は決して大きくありません。しかし、使い方を工夫すれば十分生活することができるのです。先日、私の住む地域に台風が直撃し、3日間の大停電に見舞われました。そんな中、わが家は煌々と明かりが灯り、不自由なく暮らすことができました。また、わがや電力は小さなシステムのため、廃バッテリーなどの有害な廃棄物も減らすことができます。
書籍『わがや電力』は、最初は鹿児島の地方出版社から、その後紆余曲折あって大手出版社から出そうになったのですが、打ち合わせを重ねるうちに自ら『出版者』になることを選びました。出版社から出す場合、確実に売るために内容の変更が迫られる可能性があること、本の製作には関わらない『取次』とよばれる流通業者が利益の大部分を持っていくこと、著者への報酬があまりに小さいことなど、現代の本の流通のシステムは、私にとってメリットが少ないように思えたのです。
製作に当たったのは著者である私と編集者、デザイナー、イラストレーターの計4人。印刷は鹿児島で行ない、ISBNコードをとって自ら出版者となりました。制作に4人しか関わらないので利益率が大きく、メディア露出と売れ行きの傾向などがよくわかり、販売戦略を立てやすいのもメリットです。初版はひと月で完売し、重版御礼、じきに3刷がかかりそうです。
書籍『わがや電力』ではシンプルな太陽光発電システムの作り方を解説していますが、私が本当に読んでほしい部分は、技術そのものについてではなく、それを運用する人間側の『思想』でした。発電方法を自然エネルギーに変えてみたところで、火力や原子力とはまた別の異なる問題が新たに生まれると私は思うのです。見直すべきは発電方法ではなく、電気の使い方。いかに電気を作り、いかに電気を使うのか。それを体で感じて考えてほしい、という思いから本を書きました。
ヨホホ研究所を通して、ウェブ発信は続けてきたけれど、初めて本を出してみて学ぶことがいっぱいでした。『マス・コミュニケーション』と『対話』の中間にあるのが本なんだ、と腑に落ちました。薬草についてや、ヒッピーが取り組む投資、それからずっと取り組んでいるサバイバル技術についても、近いうちにまとめ、出版できれば、と思っています。
http://yohoho.jp/
取材=原 ヒロシ