連れ合いのN氏とアースガーデンを立ち上げてからの30年のエッセイ。フェスティバルは、仕事の中にも、暮らしの中にもあった。フェスのなかった時代から、フェスが当たり前になった今へ。
今回は、13年続いたフェスNatural High!が終わる頃、その次のチャレンジとしてハイライフ八ヶ岳を始めた時のお話しです。
前回の話は、こちら
https://www.earth-garden.jp/goodlife/82539
45歳はどんな歳?
2014年、長男の高校進学をきっかけに秋川近くの山の中に移住してから3年、長男は高校生活を満喫して無事卒業を迎えた。そして、私は45歳になった。40歳を迎える時には、人生の折り返しを感じるにはまだ子育てで慌ただしく深く感じ入ることはなかったが、45歳で長男が卒業の節目を迎えたことと、自分の体調のぐらつきなどを感じることも増えてきて、体感としても人生これまでの倍は生きられないだろうと感じて、鏡に映る自分の顔を見る時などに、ふとこれからの人生に思いを馳せることが増えていた。また実家に行く度に、80歳前後の両親がどんどん小さくなっていく姿を見て、10年程前のまだ溌剌としていた両親と比べて切なくなると同時に、将来小さくなった自分が息子たちに見守られる姿を想像してしまい、親らしい立ち振る舞いができるのにも終わりがあるのだと考えると眉間に皺がより息が詰まりそうになった。
守りたい存在があったからがんばってこられたことが、私にはたくさんあったのだ。守られる存在にはっきりとなったとき、私の親としての愛情の行き場を見つけられるのだろうか?そんなことを考え始めたのが45歳だった。
ちなみに、現在の両親はさらに10歳年を重ねていて、会うために隙間を縫って故郷に帰るようにしている。老いた両親に会う時には、今の私と共に、学生時代に友達と遊んで夜遅くに父に駅まで迎えにきてもらっていた頃の自分に戻って、甘えるような懐かしむような気持ちでも接していると思う。
テーマは『エコロジー&オーガニック』でいいのか?
2015年Natural High!が10周年を迎えた。その頃には、魅力的なキャンプインのフェスが各地で開催されるようになっていた。2000年代の自然環境への警告のような課題や緊張感は、自然を体験するという日常の楽しみとして変化したかのように、アウトドアやキャンプそして、野外フェスなどが大ブームとなり定着していった。

主催イベントearthgardenを開催している代々木公園でも、週末に行けば何かイベントがやっているのが当たり前になっていた。そういった様々な状況を受けイベントearthgardenの集客も落ち着いていった中で、実は何度も何度も立ち止まって考えたのは、テーマは『エコロジー&オーガニック』のままでいいのか?という問いだった。youtubeなどを筆頭に、ともかくタイトルはキャッチーなのが大切だという風潮の中で、エシカル・スローライフ・サスティナブルのような生活や環境に配慮するようなカタカナ英語もたくさん出てきて、何度考えたことだろう。
でも考える度に結局このまま変えずにいこうと思った。エコロジー・・・平和もマインドフルネスも自然環境があってこそ。宇宙船地球号・・・宇宙に浮かぶ丸い船こそが自然だ。また、オーガニックというのは、大きい意味での自然との共生、人との繋がりを表す言葉として使ってきた。
今の人の耳をくすぐる刺激的な言葉ではないのは分かっているが、人の営みの器のようなそのテーマを、今に至るまで手放さないで結局ここまでやってきている。結局それが良かったのかどうかは分からないが、考えて決めてきたという意味においては納得している。
ローカルとフェス
余談だが、カタカナ英語でしっくりきていた言葉は「ローカル」で、移住したばかりの私の気持ちに馴染んでいた。ただ、私の移住先も森の中ではあるが同じ東京であるし、都心出身の人にとっては都会の中にも地元感があるのだという当たり前なことを感じていたので、言葉の使い方の意図は理解しつつも「ローカル」という言葉をほとんど使う機会がない。私は地方出身者なので、「地方」と言うと、つい故郷を思い出し懐かしさが増すから不思議。
ちなみにフェスは地方での開催も多い。そしてフェスの開催は大きくなればなるほど地元の人との関係性の構築が重要になる。音の問題、車や人による影響、会場になる場所の保全など、地元の方たちの理解と協力を得られなければ開催できない。特に、普段イベント会場として貸し出ししていないような場所では賑やかになるのが開催中だけのことなので、その関係性の積み上げがとても大切で、可能なら地元の方と一緒に盛り上げていける方が、苦労があっても面白い。
ローカルフェスと言われて私が思い出すのは、2024年にフィナーレを迎えたフェス『頂-ITADAKI-』だ。海からすぐの公園で海から吹いてくる風が本当に心地よかった。地元の人が中心に運営されていてアットホームな雰囲気で子どもたちも多く、来場者の笑顔がゆったりとしていて、仕事ではあるが個人的にも大好きだった。主催者が小規模なのもアースガーデンと同じで、ボスの覚悟があってこそ開催出来ていたのだと身に沁みて分かる。

また、スマッシュ主催の朝霧JAMも実行委員会内の有志ボランティアスタッフ「アサギリジャムズ」も活躍し運営しており、地域の人たちと共に、25年脈々と続いているのがとても豊かで面白い。
ハイライフ八ヶ岳がスタート!
2018年、13年愛されたNatural High!が終わりを迎えた。私の暮らしとNatural High!は共にあった。道志村に向かう峠を車で何度越えただろうか。本当に懐かしい気持ちになる。




http://naturalhigh.jp/2019/history
そして、その前年、2017年から次のイベント「ハイライフ八ヶ岳」を、同じ山梨県の清里でスタートさせた。清里は、N氏が環境学習の合宿で通っていた会場である清泉寮があったのと、そこで出会った方たちとのご縁もあって開催することになった。会場のサンメドウズ清里はスキー場で標高が高く、Natural High!と同じく「ハイ」という言葉を使った。愛着の持てるネーミングにすることでNatural High!のお客さんにも来てもらいたいと願っていた。

私はと言えば、事前のロケハンの際に、会場から近くの清泉寮(宿泊施設もある)に1人で1泊した日、夜な夜な清泉寮に置いてあった清里の開拓についての本を読み、その歴史に心を奪われてしまった。また、資料を読んでいくうちに、我が家から車で山梨側に1時間ほど行った奥多摩の村人たちが清里に移住していたことを知った。それは、昭和13年に開始した奥多摩の小河内(おごうち)ダム建設のために家が沈められた人たちのうちの一部の住民で、環境の違う清里の荒野の開拓で大変なご苦労をされたそうだ。奥多摩は少し距離はあるが知り合いもいて我が家と地域的には同じエリアなため、清里と我が家との間に一本道が通ったような気持ちになり、翌朝見た清里の景色や舗装された道でさえも昨日までと違って見えたのを覚えている。
新しい会場での新しいフェス。清里を中心に山梨のみなさんとの出会いがあり、ミーティングも重ね、人の輪が広がっていくのが嬉しかった。また新しいことが始まったと思うと、会場から八ヶ岳の山々を見ながら緊張と共にワクワクしたものだ。
フェス史上最高の標高1600m超えでリフト乗り放題、大自然のど真ん中でのフェス
2017年 意気込みとフレッシュさを感じる1回目の様子。ドキドキの初開催。
開催にむけてN氏の投稿した記事。
https://www.earth-garden.jp/festival/56044/
PHOTO GALLERY
https://hi-life.jp/photo2017/
2018年 2回目
Natural High!が5月でフィナーレを迎え、涙した2ヶ月後の7月の開催。その愛情を八ヶ岳に持っていくぞ!と思った開催だった。知恵と工夫を重ねて、実行委員のみなさんとも益々お知り合いに。現在アースガーデンで大活躍中の当時20歳だったWTさんが入社した年。懐かしい。
SNS発信
https://hi-life.jp/photo2018_sns/
2019年 3回目
会場の清里サンメドウズスキー場の、イベント会場としての使い方に慣れていっていた。私が担当してきたshopも年々充実してきた。また、この後の開催でさらにお世話になっていく甲府のデザイン事務所のMCHさんたちチームとの作業が増えた開催。
shop紹介
https://hi-life.jp/2019/food/
実行委員のみなさんとの連携も強くなり、開催ごとに充実していったハイライフ八ヶ岳。N氏が会場から八ヶ岳を見渡しながら、熱く今後の展望を語るのを何度も見ていた。
自分の気持ちを必死で取り繕う日々の始まり
2019年7月に3回目のハイライフ八ヶ岳が終わり、その数ヶ月後の12月。中国で新型コロナウイルス感染症の感染拡大が報じられ始めた。来春は次男の大学入学を控えていて、受験の緊張もあり、また、お金がかかる一大事でもあってそわそわしていたあの頃。そんな日常が突然コロナ禍に巻き込まれたのは、朝の新聞で衝撃の大きすぎるニュースの見出しを見て動揺しているのに、お弁当に入れる卵焼きを焦がさず焼こうとするような、受け入れ難い、でも現実であると分かって必死で取り繕おうとするような日々の始まりだった。
さて、次回は「コロナ禍での変化と地元秋川流域での挑戦」についてお届けします。


