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【コラム|感じるために生きている】優しさの回路

世界には、あんまりにも辛いことが多すぎると思う。聞きたくないし、知りたくないし、想像もしたくない。自分だったら・・とか、自分の子がこんな目にあってしまったら・・などと、出来ることなら考えたくない。世界の情報が直ぐさも入ってくるのは有り難いことだが、良いことも悪いこともごちゃまぜで発信されるボリューム感に気圧されてしまい、ついていけない、いや、いきたくないのかも。

暮らしの中で、そういった事をどこまで理解していく必要があるのか?知りたくもない事を知って、考えたくないことまで考えて、ちっぽけな私一人がもやもやと不安になったところで、この気持ちが世界にどんなプラスの影響を与えることができるのか?そう思う。

悩み損だったら、馬鹿みたい。損?損ってなんだろう?知らないとなんか不安なのは、話しについていけないから?大人としてダメという事らしいから・・そんなこと??分かろうとするのも無視するのも自由だけど、安心して生きていける社会にしていくためには、“今”を知ることは大事だよね、出来る範囲ででも。

理屈じゃなくて悲しい

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まぁ、“人は優しい“とするとして(私なんて、その考えに身を委ねてしまっている)、そういう意味では私自身も、そこそこの優しさがある人の一人だろうが、全部優しい訳じゃなくて、ずるかったり、弱かったりするんだろうけど、みんなその人なりに人を思いやる気持ちはある。転んでケガして泣いている子を見付けたら、「大丈夫?」と声をかけたくなる。

だから、理屈じゃなくて、悲しいのだ。紛争に巻き込まれている人たちを、気の毒だと思うのだ。何も出来ないかもしれないけど、それだって、やっぱりなんとかならないのか?と思うし、平和を願う。保育園や幼稚園で、我が子でもないのに駆けっこで走るよそのお家の子の姿を見て、胸も目頭も熱くなってしまうのと同じ、“優しさの回路”がある(親だからだろうけど、私なんて、偶然目にしたチビッコたちの運動会でさえ泣ける)。

アースガーデンでは、そんな“優しさの回路”と困った状況を分断させておくのではなくて、結ぶことを意識している。

日々の暮らしの中で、深刻さに陥らないで、前向きに淡々と社会の課題に取り組むことが出来るお手伝いとして、やり方や関わり方を提案している。一番分かりやすいのが買い物の選択であり、楽しく支援できることであったり、なにかすることが支援につながったりなどということだ。ただ情報として知ることも大事なのだし。

事態は深刻だ。深刻さに向き合えるタイミングの人は、ちゃんとその深刻さと実情に向き合って、悲しみを越えて、動くのがいい。そういう人も世界中にたくさんいる(ありがとうございます!)。本当になんとかしていくためには、知って怯えるのではなくて、知ってその情報から自分が出来ることを見付けて動くことなのだと思う。

でも、知ってしまってただ不安に気持ちをもっていかれてしまうようなら、それは決してダメなことじゃなくて、日々の中で小さくでも関われるを実行できるのは、素敵なことだな〜と思う。

素晴らしいことにも溢れているはずだ。

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数年前のこと、何かの話しのついでで、うちの兄が途上国の一人の女の子の教育支援をしているのを知ったのだけど「手紙が来たよ。」と、うれしそうに話しているのを聞いて、「やるなぁ〜」と思った。

こうやって、自分に出来る、その人なりの優しさを発揮している人もたくさんいる。それに、日々暗いニュースばかり目につくが、素晴らしいことにも溢れているはずだ。気持ちの回路は、深刻さをサポートする方向だけでなく、喜びを増やす方向をもって、大切なものを抱きしめるような気持ちで、困難な状況と関わっていけたら本当に素晴らしいと思う。私たちの持つ“優しさの回路”が、太く確かなものになるように。

アースガーデンの母が書くコラム「感じるために生きている」
http://www.earth-garden.jp/feature/life_for_feel/