コラム

2009年11月

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ブログがはじまっています 2009.11.29

アースガーデン代表 南兵衛@鈴木幸一が個人ブログを始めました。
これからは節目の長い文章はこちらのコラム、日々の短文はブログと使い分けていきます。
http://nanbei-earth.blogspot.com/

また、コミュニティ・フェス「earth garden」の準備ブログもスタッフにより更新中です。
http://www.earth-garden.jp/eg/blog/ こちらもよろしくお願いします!

2022年アースデイの旅

 来年はアースデイが始まって40周年、日本でも市民レベルに広がって20年の節目。
 僕たちが盛り上げてきたアースデイ東京@代々木公園についても、10年目の節目でもあり、今後のあり方なども含めて、関係者の議論が賑やかになってきました。この機会にフリーペーパー「earth garden」の春号で発表した、アースデイの原点と今後に向けての文章をこのコラムにアップします。アースデイを考え地球と人間のために行動する一助となれば嬉しいのですが。 2009.11.26. 記:南兵衛@鈴木幸一

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2022年アースデイの旅
2009.4.11. 南兵衛@鈴木幸一(アースデイ東京 前事務局長/アースガーデン代表)


春ですアースデイです、アースデイキャンプです

 歴史的な暖冬に暑かったり寒かったり右往左往しても、今年もちゃんと無事に春が来ました。当たり前のコトなのだけど、咲き乱れる桜の花々を見ながら、やっぱりホッと気持ちが緩み、いそいそとビールなど買いに行ってしまいます(笑)。四季豊かな日本に暮らしていて良かったとシミジミ思う時期です。
 そして、僕にとってこの20年、春と言えばアースデイでもありました。

 1990年4月22日東京夢の島、まだ21歳の僕は、たまたま目にした新聞での情報に誘われて、日本で初めて本格的に開催されたアースデイ・イベントへと出かけました。少し雨交じりのその日の様子は、まだ内容も見せ方も希薄でブースの数もわずかでしたが、それでも「地球」をテーマに集うという前代未聞のあり方故か、どこか突き抜けた開放感と柔らかな連帯感、言葉にならない新しい時代の息吹を感じ、それが僕を強くキックした、人生のひとつの起点、記念すべき一日でした。あの日のアースデイがなかったら、今の代々木公園でのアースデイも本誌で特集する「アースデイキャンプ Natural High!」もきっと表れていないだろうと思います。


アースデイの成功と、次のステップへの想いと

 それから右往左往しながら20年近くが過ぎました。90年代の試行錯誤から2001年の再スタート、アースデイは代々木公園を中心とした一大イベントとして定着し、僕自身も40歳。アースデイ東京も僕たちのオフィスであるアースガーデンも、当初は考えもしなかった成長を遂げました。

アースデイの成功と、次のステップへの想いと

 それから右往左往しながら20年近くが過ぎました。90年代の試行錯誤から2001年の再スタート、アースデイは代々木公園を中心とした一大イベントとして定着し、僕自身も40歳。アースデイ東京も僕たちのオフィスであるアースガーデンも、当初は考えもしなかった成長を遂げました。
 そんな中で、代々木公園でのアースデイ東京への参加アプローチは激増、予想を大きく上回って驚くほどです。僕たちアースガーデン・オフィスが窓口を務める企画、NPOヴィレッジ、アースガーデン“春”、併せて300件以上の申し込みがあり、その過半数をお断りすることになりました。それはまさに嬉しい悲鳴で、10年かけて創ってきた自分たちの場と仲間たち一軒一軒の顔が見えていて、活動内容の素晴らしさに納得もしている150軒以上をお断りするプロセスは大いに辛いものでもありました。2001年のスタート当初は寂しいほどに広大に思えた代々木公園イベント広場が、成長した僕たちにはいよいよ小さいことを強く実感する今年の準備期間でもあったのです。
 そしてだからこそ、5月に開催する「アースデイキャンプ Natural High!」の意味がいよいよ深いとも感じています。


社会と僕たちの暮らしに広がっていくことが、アースデイ

 さて、アースデイが単なるひとつのイベントであれば、代々木公園が一杯になったことで、その成長物語は万々歳のハッピーエンド、もしくはさらなる拡大を求めて、ビッグサイトなどのメジャーイベント会場での開催へと進むところなのでしょうが、アースデイは地球と環境と人間をテーマに、社会的な変革までを視野に入れた市民の場です。
 チェ・ゲバラは「革命は愛」と言ったそうですが、ラブ&ピース的な文脈でアースデイを語る時も多く、音楽家の坂本龍一さんが「毎日がアースデイに」と語ったように、社会と僕たちの暮らしにその理想と場づくりが広がっていくことが、アースデイが本来持っている理想です。
 だからアメリカの学生達が始めたアースデイは1990年のアースデイ再スタートの時に世界中に開催を呼びかけ、日本でも生協や労働組合の皆さんが90年代の場づくりを全国で広げました。その積み重ねの先に今のアースデイの活況があるのです。
 そういう意味で、代々木公園への集中度が高くなってしまった現在のアースデイ東京の流れには、微妙な違和感があります。僕自身がつくってきた場でありながらの自己矛盾、本当に申し訳ないのですが、なんとも正直な気持ちです。


原点回帰..... より多様に偏在するアースデイへ

 アースデイ東京の立ち上げ当初から、僕は「自主、自立、分散」こそが大切だと言い続けてきました。これはソフトエネルギーや政治経済の世界でも言われつつあることです。
 そしてこの数年、拡大したアースデイ東京から次のステップでの、その実践の方法論を考え続けています。
 だからこそ、アースデイ東京の企画の一環に、“アースデイキャンプ”と銘打った「Natural High!」を山梨での開催にも関わらず提案参加させ、自分たちがプロデュースする2万人の音楽イベント「渚音楽祭」等もネットワークして、そこでのエコ系企画も着々と充実させています。そうやって次の場づくりを着実に進めているのは、仲間たちの場づくりにもあり、同じ代々木公園とは言え月例マーケットを定着させた「東京朝市」、年々の開催を充実させている「アースデイちば」、地方ゆえの環境の豊かさを活かし驚くべき内容を展開する「アースデイ富山」、等々の先駆的な場づくりもすでに広がっています。私達が季節毎に開催する、アースガーデン“夏”“秋”“冬”もまた同じ意識のもとにあることは、言うまでもありません。


アースデイを消費せず、より新しいアースデイの創造を!

 この数年のメディアでのアースデイの扱いを見ていると、いよいよアースデイも消費される段階に来つつあるようで、複雑な気持ちになります。多数の企業協賛と企業ブース、メディアへの露出、それに伴う不特定多数からの様々な反応、ア然とするほど意識の低い企業担当者からの声掛けなども一度ならず経験しました。
 自分自身の暮らしや生き方を振り返らず、大量生産社会で低コストに生み出される衣食住の消費財に依存しているばかりの意識で「アースデイ」と言ったところで、それは空虚で、まさにアースデイを消費しているに過ぎません。今アースデイは、拡大成長したからこそ、消費されるのか、本当の社会的な創造のチカラに継続的になれるのか、問われる時期へと進みつつあります。
 そしてもちろん僕は、さらなるステップを進み新しい意識と社会を創造するアースデイでありたいと願ってこの仕事にこだわり続けています。消費者ではなく、創る者=クリエイティブであり続けるつもりです。少々照れくさい物言いなのですが(笑)。


地域や違う時期のアースデイを応援してください!

 ひとつのお願いがあります。
 アースデイに参加し、意識を寄せるなら、一緒にアースデイを創ってもらいたいのです。それは代々木公園でのアースデイということではありません。アースデイにリンクする「場づくり、社会づくり」を一緒にしてもらいたい、と言うことです。
 先にも書いたように、今いたるところでアースデイのあとに続く場づくりが始まり広がっています。成功の事例も増えていますが、その多くがまだまだ集客や運営や組織などに苦労しています。アースデイの理念からも、現在の代々木公園の状況からも、僕たちが進む道は、より多様にいたる所に偏在するアースデイを創っていくことなのです。
 きっと皆さんの身の回りにはいるはずです。アースデイやそれに近い意識で地域の中や違う時期に新しい場づくりに挑んでいる仲間が。それを助けてあげて下さい。そしてさらに進んで、自分自身で場づくりに挑んで下さい。それが、アースデイを創るということです。そういう輪が広がっていくことこそが、僕たちがアースデイに挑み続けてきた目的だとハッキリ思っています。
 もちろん、場づくりの形は様々です。イベントはそのひとつに過ぎないでしょう。お店の場合も、コミニティづくりも、ワークショップや自然体験の場づくりこそが本来のアースデイかもしれません。クリスマスやバレンタインが、当たり前のモノとしてそれぞれの暮らしと楽しみにあるように、アースデイがそれぞれの生き方に根を下ろしていく時、今の僕たちには想像もできない姿が現れてくるでしょう。
 それこそ、もう何年かすれば「アースデイキャンプ Natural High!」のような自然の中での場づくりこそ、より地球=自然に深く触れるアースデイとして主流になる気もします。4月後半から5月にかけて、全国のキャンプ場や野山で展開される個性的なアースデイの数々、そんな想像も楽しくなります。


アースデイの長い旅

 アースデイを創る、それはとても長い意識で進む旅です。
 冒頭にも書いたように、ここまで来るのに現在もっとも成功しているアースデイ「アースデイ東京」は2001年のスタートからここまで10年近くかかりました。日本のアースデイという意味では1990年以来の20年が必要でした。そして最初のアメリカでのアースデイは1970年、もう40年です。
 僕たちが最初に2001年の代々木公園の場づくりに挑んだ時、建てたテントは40張りほどでした。雨が降った2日目はポツポツと寂しい人出でした。そこから年々の積み重ねがあって、今の250張りを超える規模と、10万人を超える人出が生まれました。僕たちがおこなってきたのは「クリエイティブ=創造」と言うには似合わない、実直な話し合いと、通信のやり取りと、実務的な作業が大半でしたが、そういう地道な積み重ねこそが僕たちの「創る」ことでした。
 時々、アースデイが一定の成功を収めた今、このまま続けていてどうなるのかと、少し寂しいような遠い気持ちになることがあります。最近の地球環境問題の予想では当たり前に2050年の仮想気候が話題になり、その予想は暗くなりがちです。そして40年後の未来は80歳の自分が生きる未来として十分にリアルな気がします。


30年前の現在、過去の未来

 最近、ナウシカ/ジブリの宮崎駿さんが30年前に監督したアニメ「未来少年コナン」をDVDで見ました。そこであ然としたのですが、物語の中で未来として示されるのがまさに現代の2008年なのです。物語の中、“過去の未来”=架空の2008年の人類は、反重力推進と思える驚愕の技術で当たり前に宇宙に飛び、太陽光発電を強大なエネルギーとして扱える技術を持っていながらも巨大戦争によって世界を滅亡させます。そして現実の未来に生きる僕たちは、戦争による滅亡は回避しても、大勢が宇宙に飛び出せる技術も、強大な太陽光発電も手に入れてはいません。
 人の歴史はつねに想像を超えた展開をしていきます。映画「2001年宇宙の旅」でキューブリックとクラークという二人の天才は`68年当時に考えられる限りのリアルな設定で30年後の未来をえがきましたが、実際の人類は2001年どころか現代でも、人工知能も木星への旅も実現にほど遠いのです。
 国家百年の計とは言いますし、天才クリエイター達も30年後の未来を予想しましたが、どうもじっさいは100年どころか、30年~50年の月日にさえ、現実の僕たちの予想を乗せることには無理があるようです。


「2022年アースデイの旅」へ

 ならば僕は、もう少し短い月日の流れの中に自分がリアルに関わり創っていける未来を夢見て、歩いていきたいと思います。
 ちょっと遠いけれど意外に近い、干支も世代も一回りするぐらいの未来、2009年の今からなら、数字の揃いも良い2022年ぐらいが、夢見るにはちょうど良い気がします。
 2022年、つまり13年後。
 アースデイ東京がここまで9年、僕たちアースガーデンが13年、ウチの長男が今年15歳(笑)。
 13年はなかなかリアルな未来です。
 そして、この回る地球の上に必ず太陽は照らし続け、風は吹き続けています。

 果たして13年後の2022年、代々木公園でのアースデイは続いているのでしょうか?
 お台場がエコタウン化してアースデイ一色なんてこともあるかもしれません。でも、個人的にはつい先日にアースガーデンを初開催した浅草で下町に密着した「浅草エコカーニバル」なんてほうが嬉しい気がします(笑)。さらにそんな事よりも、やっぱり僕たちの毎日の暮らしと町とがエコ的に豊かになっていて欲しいと願います。住んでいる町の当たり前のお店や食堂が優しく楽しいオーガニックな場になっていて、働く街のビルやバスや電車が当たり前にエコになっている世の中。そんな中でのアースデイは今とはまったく意味の違うものになっているでしょう。
 そして、その時の自分たちを予想するのはもっと困難です、、、、。

 ただ、、、
 祈るように思うのです。

 2022年には、僕たちの仲間と子供達の輪に、そして日本と世界に、できるかぎり
 いっぱいの笑顔があふれていて欲しいと。

 30年後、そして50年後、僕たちは
 どういう生き方と暮らしでこの星の上に立っているのでしょうか?
 予想もつかない遠い未来へと旅する僕たちだからこそ、
 理想を思い描いてリアルに進める13年後が大切なのです。

 「2022年アースデイの旅」、主役は僕たち。上映公開は13年後の予定です(笑)。
 楽しく気長に一歩一歩、一緒に創っていきませんか?